騙す人、騙される人
本題にに入る前に、 御覧ください。
今日は、騙す人、騙される人について述べたいと思います。
世の中は、騙し、騙されのフィクションの世界と言われたりします。植木等さんの
スーダラ節の中に『だましたつもりがチョイト騙された』という句がありました。また、バーブ佐竹さんの女心の唄の中に『だまし続けて欲しかった』もありました。
「騙された、騙された」被害者意識の一点張りに対して、片や「自分は騙すつもりは無かったのです」の水かけ論、果たして結末は如何に?
騙される人が居るから、騙す人が居る、儲かる人が居るから、損する人が居る、勝負の世界の勝ち負け。いわゆる二元論から成り立っているのだろうか。
以前、読んだ本に『いじめられたい人が居るから、いじめる人が居る』という文言があったが、「いじめて欲しい顔してたから、いじめてやっただけの事さ」こうなってくるとチョットややこしい、確かに相手が居なければ成り立たない。『鶏が先か、卵が先か』みたいに、神学論争に発展しかねない、神様もさぞお困りになられるでしょう。
若い頃、寸借詐欺にあいました。ボーとしてたんですね、騙されたとも気付かずに、親しい友人から「お前は騙されたんだぞ!」、と言われ呆然としました、自分が騙されたとは思いたくない心境だった思います、今から振り返ってみれば・・・・。
例えば、最近ではある省庁の電話受付で「無いものを、有るものとして対応しています」という電話応答・・・・。
『言語明瞭、意味不明瞭』の烙印を押された過去の総理大臣がいましたが、政治家の方は性格が図太いから務まるしょうが、電話対応の方はさぞ辛かったでしょう、聞いていて私も辛くなりました、まるで馬を鹿と言っているようなものですからね。
そういえば、戦時中も大本営発表というのが有ったそうですね、竹やりでB29をやっつけろ、その他色々と、今から考えると、どう見ても可笑しい、茶番!でもその当時は皆さん真剣だったのでしょうね、気づいてた人はいたんでしょうが。
やっぱり可笑しい事は可笑しい、各人が何が真実で、何が嘘かを見極めなければいけないと思います、いつも言っていますが、権力・権威だけを盲信・盲従するのではなく国民・一人一人がスタディすることで住み良い社会を創りましょう。
最後にヒトラーの名言
「人々が思考しないことは、政府にとっては幸いだ」
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